秋の こもごも


“秋の夜長に”




秋の連休はそれはそれはいいお天気が続いたものの、
それが明けると 続けざまに近隣までを訪れた台風の影響、
ちょっぴり雲の多いお日和が続いてしまい。
週末の、晩のお空を案じるお人も多かったけれど。

 「わあ、ブッダ観て観て。まん丸いお月様がほら。」

今年の中秋の名月“十五夜”は、
ずんと遅めの九月の末、連休に沸いたその翌週の日曜に巡り来ていて。
週末や休日がそうそういいお日和にばかり恵まれるものでもなかろうけれど、
今宵はどなたの善行が由縁したものか、
日本じゃあ餅を搗くウサギの影絵だとの曰くのある、
濃灰色の模様も鮮やかに、
まぁるいお月様が 東の宵のお空にしずしずと姿を現しなさったばかり。
すっかりと快晴とまではいかなんだものの、
群雲を少しばかり従えているところはむしろ、
味があっての風流、そりゃあいい感じの趣でもあり。
天世界からバカンスにと降臨なさっておいでの最聖のお二人も、
逗留先である立川の小さなアパートの窓から
真珠色した神々しいお月様をそれは楽しそうに見上げておいで。
卓袱台には早めにとった夕食のお片づけの後、
二人していそいそと並べた、お月見用のデザートとお茶。
今年もブッダが腕を振るった、ほのかに甘い月見団子と、
和菓子だからと煎茶がそそがれた湯呑が並べられてあり。
テレビもつけないで わざわざそれと構えて見上げるところなぞ、
日本人以上に風流かもしれず。
とはいえ…綺麗なお月さまも堪能中だが、
イエスにしてみれば、
すぐ傍らにおいでの麗しのキミも大きに気になってしょうがない。
西洋ではどれほど“夜”を恐れたものか、月もまた魔性の塊のような扱いが多く、
月光を長く浴びるとどうとかこうとか、
月夜の晩には狼男が徘徊したり魔女たちが宴を開くとか、
昔っからろくな謂れがないけれど。
中国や日本では、静かな夜更けに月の美しさを愛でる習慣が古くからあったそうで。
豊穣の祭り、月に似た芋の収穫を報告した秋の月見以外でも、
宴を開いたり、知己同士で集まったりしたそうだし。
日本では秋の静けさや物寂しさなどを表したりするのにも用いられ、
俳句に多く読まれていもする
…といった辺りは、松田さんと星見友達のおじさまから聞いた話なのだけれど。
ご近所からのものだろう、テレビの音だの、食器が触れ合う物音だのも、
壁越しだと妙に遠く、こちらの空間の静かさを強めてくれてさえいるようで。
効果というか風流感を出そうと、明かりも落としてみているせいか、
窓からの月明りはさほど強くないはずが、
色白な伴侶様のすっきりした横顔を浮き上がらせていて、
それがもうもう綺麗でたまらぬ。
深瑠璃の双眸は、月を見た最初こそ大きく見開かれたが、
今は和んで落ち着いており、
でも潤みは強いままなのが、やわらかそうな頬に映え、
まろやかな横顔の稜線を何とも優しく飾っておいで。
お顔の造作もそこに浮かぶ表情も、
何かつぶやいたのか かすかに動いた瑞々しい口許も。
卓袱台に軽く載せている 象牙から掘り出したような慈悲深い白き手も、
どこもそこもなんて綺麗なのかと見惚れてしまう。
そんなこんなで、ますますとイエスの中の彼への“好き”が加速するから、

 “…う〜ん。”

やっぱり月って魔性の存在?なんて、
さっきろくでもないと言った説をやっぱり当たってるかもなんて拾い直している有様で。
そぉんな“よそ見?”をしていたものだから、

 「いえす?」
 「え? ななな、なに?」

実を云や、全然の全く 気づいてなかったブッダにも、
ちょっぴり慌てたようなそんな返事から、
また何かやくたいもないことを考えていたなというのは察しがついて、

 「もう。月を観るのが趣旨の晩でしょうに。」

落ち着きがないとか飽き性だとか、
イエスのやや至らぬところはようよう知ってもいることだし、(大笑)
そこはこちらも悟りを開いたほどの尊、
相手の落ち度をあげつらうなんてしやせぬが。
雰囲気を台無しにされたと本気で怒ったわけじゃあなくて、

 「同じものを一緒同時に見るって 嬉しいことじゃなかったの?」

いつだったか、そうそう
あれは映画館で新作の映画を見る楽しさの話をしていた折のこと。
最近では半年ほど待てばDVDになるのでそれからでも内容は楽しめるのだし、
そうそう流行に乗り遅れると慌てるような性分でもないけれどと、
後半は“そこはどうかなぁ”とブッダには訝しがられるような前置きをしてから、(笑)
映画館でたくさんの人と一緒に観ると、
同じ場面で同時に捲き起こる笑い声とか おおっという歓声、
胸にキュンと来てついついぐすぐすと鼻を鳴らしてしまうところとか、
同じ間合いに同じ反応をする人がいることがまた
通じ合ってるみたいな気がして楽しくってしょうがないよね なんて。
無邪気に笑って語ってくれたのにと、
判りやすくも相手の言動を思い起こして持ってくる辺りが、
さすがは説法のオーソリティ。(おいおい)
だがだが、

 「ご、ごめんね。
  だって、あんまりブッダがきれいで、
  つい見惚れちゃって視線が剥がせなくなっちゃったものだから。」

 「……っ☆/////////」

嘘はつきませんとも、聖人だからという、
イエスからの偽りなきお返事にあうと、
ありゃまあとあっけなく返り討ちにあってるところが
ある意味でウチのお二人のお約束。
思いがけなくも“綺麗だったから”なんて言われては、

 「な、何言い出すのかな、もう。///////」

あわわと照れに襲われてしまうところがこちら様もかわいい性分をしてなさり。
だって、他の人や弟子に言われたのなら軽く笑っていなせもしようが、
こちらからも大好きで大切な人、
その人からどう思われているものかに翻弄されるほど
夢中でもあるイエスからの言なのだもの。
たちまち、今度こそ非難めいた口ぶりになり、
視線を卓袱台の上へと落としてしまう如来様だったりするのが
判りやすいっちゃ判りやすい。
だって、福耳から頬から真っ赤っかに染まっているし、
それはご本人にも自覚があって。

 “明かり、落としておいてよかったなぁ。//////////”

何か落としたわけでもないというのに、
台ふきんを手にすると天板の上を拭ってみたり。
こちらもいかにもな誤魔化しの所作を見せておれば、

 「…ねえ。」

ちょっぴり静かなイエスの声が。
ああ、切り替えてくれたかなとほっと胸を撫で下ろして、
じゃあお団子食べようねと言いかかり。
お顔を上げれば、

 “……。//////////”

あああ、ずるいと
今度はブッダの側が相手への視線を外せなくなる。
急に態度が落ち着かなくなったブッダだったのどう思った彼だったのか。
卓袱台の対面同士という、微妙に距離があったところに坐していたお互いの、
その間をとりあえずは詰めようとしたらしく。
腰を上げての片膝踏み出し、
そのまま上体をこちらへ前のめりにしかかっていて。
いきなり間近に来ていた意外さもあったが、
そんな格好で、
明かりを落とした中、横からの月明りに照らされている
彫の鋭角な、男臭い造作のイエスのお顔を目にしては。

 “やっぱり綺麗だよなぁ。”

玻璃のような淡色の双眸は、
東洋人からすれば随分とくぼんだ眼窩の中で
日頃以上の陰りをおびて不思議な印象。
こちらを伺っているせいか、表情が薄いものだから、
線の細い鼻梁とか
軽く合わさった口許と頬の肉づきの薄さが相まって、
ちょっと強い言いようを振り向ければ
そのまま打ち沈んでしまいそうにも見えて。

 「??」

かくりと小首を傾げた拍子、
豊かな髪が頬へとこぼれて影を作る。
そのまま織りなされる薄いが闇のたまりが惜しくって、
そおと手を伸べ、掻き上げて差し上げれば、

 「ぶっだ。」

低められた声が自分の名を呼ぶ。
日頃は伸びやかなその声は、
低められると落ち着いた響きをまとって
こちらの意識をやすやすと搦めとり、
しかも自分を真っ直ぐ見つめている彼だから、これはもうもう逃げようがない。
なぁにと訊くのも忘れ、こちらからも視線だけで応じておれば、
延べた手をそっと掴まえられてしまい。
ふくよかな手のひら、
自身の口許へ伏せる格好でそのまま唇を寄せられて…。

 月が魔性の塊ならば、キミはあなたはどうなのと、
 後日に聞いてみたくなったお互いなのかもしれません。




   〜Fine〜  15.09.27.


 *珍しくも週末に手が空いたので、季節ネタを。
  綺麗なお月さまでしたよねvv
  そして今宵はスーパームーンです。
  手が空いて…はなかろうけれど、何か書いてみたいなぁ。


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